大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鳥取地方裁判所 昭和62年(行ウ)7号 判決

原告

甲野一郎

被告

鳥取刑務所長乙川二郎

被告

右代表者法務大臣

三ケ月章

右被告二名指定代理人

富岡淳

外九名

主文

一  被告鳥取刑務所長に対する本件各訴えをいずれも却下する。

二  被告国は、原告に対し、金二五万円及びこれに対する昭和六二年九月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告国に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告鳥取刑務所長との間においては、原告の負担とし、原告と被告国との間においては、これを一〇分し、その九を原告の、その余を被告国の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被告国が金二五万円の担保を供するときは、右執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求及び答弁

一請求

別紙記載のとおり。

二答弁

1  被告所長

(本案前の答弁)

本件各訴えをいずれも却下する。

(本案の答弁)

原告の請求をいずれも棄却する。

2  被告国

原告の請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

一本件は、原告が、鳥取刑務所に在監中、被告所長から本件各処分を受けたが、右各処分は違法であり、これにより精神的苦痛を被ったとして、被告所長に対し本件各処分の取消しを求めるとともに、被告国に対し右精神的苦痛に対する慰謝料(及び不法行為後から支払い済みまでの遅延損害金)の支払いを求めた事案である。

二当事者間に争いのない事実

1  原告の地位

原告は、昭和六〇年一一月五日、東京地方裁判所において懲役四年の判決を受け、同月二八日、東京拘置所に収監された。そして、右刑の確定後、同拘置所から鳥取刑務所に移送され、昭和六一年一〇月二二日から同刑務所において右刑の受刑者としての処遇を受け、平成二年五月一六日に右刑の執行を終了し、翌一七日、同刑務所を出所した。

2  本件懲罰処分(第一事件)

被告所長は、原告に対し、昭和六二年五月一九日、原告が、昭和六二年五月一一日午後八時一二分ころ、鳥取刑務所第四舎一八房において、同房のA(以下「A」という。)及びB(以下「B」という。)と争論をしたという規律違反により本件懲罰処分をした。

3  訴状認書不許可処分(第二事件)

被告所長は、次のとおり、原告が願い出た認書に対していずれも認書期間を一か月とする一部不許可処分をした。

(一) 行政訴訟(賠償請求)の訴状作成のための昭和六二年六月二六日付け認書願(期間六か月)につき、同月二九日付け処分

(二) 行政訴訟(期間三か月)及び国家賠償請求訴訟(期間六か月)の各訴状作成のための昭和六二年七月二七日付け認書願につき、同月二八日付け処分

(三) 行政訴訟及び国家賠償請求訴訟(期間六か月)の各訴状作成のための昭和六二年八月一七日付け認書願につき、同月一八日付け処分

4  物品の使用等不許可処分((一)・(二)は第二事件・(三)は第三事件)

原告は、次の物品の使用及び特別購入の許可を願い出たところ、被告所長は、これらをいずれも許可しない処分をした。

(一) 訴状を一冊に綴じるための昭和六二年六月一日付けホッチキスの使用の許可願につき、右同日付け処分

(二) 訴状を一冊に綴じるための昭和六二年六月一日付け糊の特別購入の許可願につき、同月二日付け処分

(三) 訴状(副本)作成のための同年八月二七日付け複写用ゴムマット下敷の特別購入の許可願につき、同月二八日付け処分

5  願箋給与不許可処分(第二事件)

原告は、昭和六二年六月一日、特別発信の許可を願い出るための願箋一〇枚の交付を願い出たところ、被告所長は、右同日、願い出事項が決まっている四枚についてのみ許可し、六枚については許可しない処分をした。

6  私本の所持冊数に関する不許可処分(第二事件)

原告は、昭和六二年六月二六日、「模範六法」「広辞苑」「現代用語の基礎知識」の三冊につき、冊数外所持の願い出をしたところ、被告所長が、昭和六二年六月二九日付けでこれらの冊数外所持を許可しない処分をし、併せて、同時に所持できる私本の冊数を一〇冊以内とする措置を取った。

7  証拠品郵送不許可処分(第二事件)

原告は、昭和六二年七月三日、追告訴状の認書(期間一か月)及び認書した追告訴状を証拠品同封の上で鳥取地方検察庁宛に郵送することを願い出て、被告所長の許可を受けた。そして、その上で、追告訴状を作成して、同月六日、「月刊ガン七月号」「救援二一八号」を証拠品として同封の上、その発信を願い出たところ、被告所長は、右同日、右証拠品二点の同封を許可しない処分をして、翌七日、右追告訴状のみを鳥取地方検察庁宛に発信させた。

8  文書の継続閲覧不許可処分((一)は第二事件・(二)は第三事件)

(一) 判例時報コピーについて

原告は、昭和六二年八月七日、高橋美成弁護士から送付を受けた判例時報の写し三枚につき、その閲読を願い出て、被告所長から閲読期間七日の許可を受けていたが、さらに継続して閲読の必要があったため、同年八月一〇日、原告は、期間一か月の閲読延長を願い出たところ、被告所長は、七日間のみ延長を認める一部不許可処分をした。

(二) 「救援第二二〇号」八月号について

原告は、昭和六二年八月一五日、救援連絡センターから送付を受けた「救援第二二〇号」八月号につき、その閲読を願い出て、同月一九日、閲読期間七日の許可を受けていたが、同月二五日、未読を理由にさらに七日間の閲読期間延長を願い出たところ、被告所長は、翌二六日、これを許可しない処分をした。

9  訓戒処分(第二事件)

原告は、昭和六二年七月二六日、就寝時間の午後九時を一一分過ぎたころ、第一舎三三房において、うちわを使用していたところ、被告所長は、翌二七日、右うちわの使用は、就寝時間中の使用許可時間外であるから規律違反行為に当たるとして、区長訓戒処分をした。

10  信書の一部抹消不許可処分(第三事件)

原告は、鳥取刑務所内において不当・違法な処遇を受けたとしてその権利救済を図るべく訴訟相談等をするために、昭和六二年七月二二日には弁護士高橋美成(以下「高橋弁護士」という。)宛の、同年七月二八日には弁護士松本光寿(以下「松本弁護士」という。)宛の信書の特別発信を願い出て、それぞれ当日中に被告所長の許可を受けた。そこで、原告は、高橋弁護士宛信書を同年七月二九日に、松本弁護士宛信書を同年八月三日に、それぞれ提出してその発信を願い出たところ、被告所長は、いずれも右当日中に、右各信書中の新聞社の顧問弁護士の住所・氏名等の調査を依頼する記載部分を抹消の上、発信させた。

11  図書の閲読不許可処分(第三事件)

原告は、昭和六二年八月二五日、庄司宏弁護士から差入れのあった「獄中者のための法律案内」の閲読を願い出たところ、被告所長は、同年九月九日、これを許可しない処分をした。

12  作業免除不許可処分(第三事件)

原告は、昭和六二年八月一〇日、行政訴訟の出訴期間が迫っているとして、その訴状作成のために同月一一日から同月一五日午前まで四日半の作業免除を願い出たところ、被告所長は、同月一一日、これを許可しない処分をした。

13  情願認書等不許可処分(第三事件)

原告は、軽禁等の懲罰の執行中である昭和六二年九月七日、情願認書の許可を願い出たところ、被告所長は、同月九日、これを許可しない処分をした。

三争点

1  本件各処分の処分性の有無

(一) 本件懲罰処分について

被告所長の主張

無事故章は、監獄法五八条の賞遇ではなく被告所長の権限に属する行刑上の合目的的諸施策の一環にすぎないから、無事故章のはく奪には処分性がない。

(二) 物品の使用等不許可処分について

(1) 被告所長の主張

原告を含む在監者には、ホッチキス等の事務用品を使用・購入する権利ないし法律上の地位を有せず、右処分は原告に何ら法律上不利益を与えるものではないから処分性がない。

(2) 原告の主張

在監者においても、憲法三二条により裁判を受ける権利が保障され、裁判を開始する訴え提起のための訴状作成には事務用品が必要とされるのであるから、原告ら在監者には、ホッチキス、糊、下敷き等の事務用品を使用及び購入する法律上の権利があり、これを侵害する右処分には処分性がある。

(三) 訓戒処分について

(1) 被告所長の主張

訓戒処分は、監獄法上の懲罰ではなく、同法五九条に定める紀律違反に至るまでの在監者の軽微な反則行為に対してなされる事実上の措置であるし、右処分によって原告が法律上何らかの不利益を負わせられるものではないから処分性がない。

(2) 原告の主張

訓戒処分は法律上何ら不利益を負担するおそれがないものではなく、過去に訓戒処分を受けたことを理由として将来不利益処分を受けることは明らかであるし、処分を受けた者の作業賞与金を減額するという不利益もある。

2  個々の本件各処分の訴えの利益の有無

(一) 本件懲罰処分について

本件懲罰は、昭和六二年五月二五日に執行を完了しているから、もはや取り消しても回復すべき法律上の利益がない。

(二) 訴状認書不許可処分について

(1) 被告所長の主張

原告は、被告所長が許可した一か月の期間中に当該訴状を作成して発送し所期の目的を達成しているから取消しの利益がない。

(2) 原告の主張

原告が現に発送した訴状以外にも併合提訴しようとした事件があったのであるから取消しの利益はある。

(三) 私本の所持冊数に関する不許可処分について

(1) 被告所長の主張

原告が冊数外所持を願い出た「広辞苑」「現代用語の基礎知識」「模範六法」は、原告がすでに居房内に所持しているものであるから取消しの利益がない。

(2) 原告の主張

原告が居房内に所持する「広辞苑」「現代用語の基礎知識」及び「模範六法」は訴訟用冊数外所持として被告所長より許可を受けたものではないうえ、従前被告所長より許可を受けて所持していた私本七冊をその分減らすという不利益を受けたのであるから、右不利益を回復するという訴えの利益がある。

(四) 信書の一部抹消不許可処分について

(1) 被告所長の主張

本件の弁護士宛信書はすでに一部抹消の上で発信を完了し、もはや右信書を原状に復することもあらためて発信し直すことも不可能となっているから取消しの利益がない。

(2) 原告の主張

本件の弁護士宛信書の一部抹消した部分をあらためて発信し直すことも可能であるから訴えの利益はある。

(五) 情願認書等不許可処分について

(1) 被告所長の主張

右処分は、懲罰執行中の情願の認書を不許可処分としたものであるから、懲罰の執行の終了した現在においては、取消しの利益がない。

(2) 原告の主張

情願認書等不許可処分は、単に懲罰執行中のみではなく今後一切の情願申立てを許可しないというものであるから、右処分を取り消すことで情願申立てができるという利益が回復される。

3  本件全処分に共通する訴えの利益の有無

原告は、鳥取刑務所出所により在監者としての地位を離脱して自由を回復しているから、本件各処分は、現在の原告に何ら拘束を与えるものではないし、また、本件各処分の効力を遡及的に消滅させたとしても、原告には何ら法律上回復すべき利益があるとは解されないから、満期出所した現在では、原告に本件各処分全般を取り消す利益はない。

4  本件各処分の適法性の有無

(一) 当事者の各主張の概要

(被告らの主張)

懲役刑の執行は、国家の刑罰権の行使として受刑者を刑務所に拘禁し定役を科すものであるが、その行刑目的は、犯罪に対する報復を遂げて正義の実現に寄与するとともに、受刑者を社会から隔離して一般社会を防衛し、かつその教化改善を図って、社会への適応性を回復・増進させるというものであり、懲役刑の受刑者は、右行刑の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲において一定の制限を受けることを免れない。また、刑務所は、右行刑目的を実現すべく多数の受刑者を社会から隔離して収容する施設であるから、その内部の規律及び秩序を維持し、正常な状態を保持しておく必要があるとともに、集団的な管理運営を適正かつ円滑に行う上で受刑者相互の処遇上の公平にも配慮しなければならず、右の観点から受刑者が一定の制限を受けることもやむを得ない。そして、右制限は、監獄法令により、刑務所の管理・運営上の責任者であり、刑務所内の実情に通じている刑務所長の広範な裁量的判断に委ねられているのであるから、同所長の右制限措置を必要であるとした判断に合理性が認められる限り、同所長の右制限措置に違憲違法はないものと解すべきである。

本件においては、被告所長が懲役刑の受刑者である原告に対してした本件各処分については、以下に述べるとおりいずれも被告所長が前記行刑目的の達成並びに規律及び秩序を保持する上で必要であると判断して行ったものであり、右判断に合理性が認められるから、本件各処分には何ら違憲違法はない。

(原告の主張)

被告所長がした本件各処分は、適正な手続で裁判を受ける権利等憲法で保障された原告の人権を意図的に侵害するものであるから、前記行刑目的に照らしても、いずれも必要かつ合理的な範囲を越えた制限を行うものであり、裁量権濫用ないし逸脱の違法がある。

(二) 本件懲罰処分について

(1) 被告らの主張

いかなる手続で懲罰を科すかは刑務所長の裁量に委ねられ、鳥取刑務所においては、被告所長は、懲罰事犯の調査を尽くした後、当該嫌疑を受けた本人に弁明の機会を与えるべく懲罰委員会を開催して懲罰処分に付する取扱いをしていたところ、本件においては、被告所長は、右科罰手続に則して、まず、本件懲罰事犯の事実関係を調査させ、その調査結果に基づいて原告を懲罰委員会に付してその席で十分な弁解を聴いた上で本件懲罰処分を科したのであるから、被告所長がした本件懲罰手続には何ら違法はない。

(2) 原告の主張

在監者に懲罰を科すには、事実誤認がないよう懲罰事由の有無を充分時間をかけて調査させ、公平・公正な手続に基づいて判断されるべきであるところ、被告所長は、懲罰事由の有無の調査につき、一方当事者の虚偽の申告を鵜呑みにし、原告を含む関係者四名を七日間に各一回、一〇分程度取調べさせただけで事実関係の充分な究明をなさず、また、懲罰委員会に司法裁判所に準じた審理手続により事実関係を認定されるべきにもかかわらず、予断を持った管理部長を長とした構成員らに、原告の申立てを無視し、右調査結果のみを信じた一方的な審理を進めさせて意見を上申させ、原告に本件懲罰処分を科したものであるから、右科罰手続には重大な瑕疵があり違法である。

(三) 訴状認書不許可処分について

(1) 被告らの主張

監獄法令には認書に関する具体的な規定がなく、認書の取扱いは被告所長の裁量に委ねられていたところ、原告から願い出のあった訴状の認書の期間が六か月又は三か月という長期のものであったため、認書状況等の把握が困難となって文書の迅速・正確な処理ができないおそれがあったうえ、他の受刑者との処遇上の公平、原告の心情安定等を考慮してその認書期間をいずれも一か月に短縮して許可したものであるから、被告所長の右判断には合理性があり、裁量権の濫用・逸脱の違法はない。

(2) 原告の主張

原告が事件の数・内容、自己の筆記速度及び法律知識等を総合的に判断して六か月又は三か月と定めた訴状の認書期間を正当な理由を告知することなく一方的に一か月に制限していること、右訴状以外の特別な文書の認書(「アムネスティー・インターナショナル・日本支部理事長」宛の信書等)につき、期限を設定しない扱いをしていることの不均衡が存することから違法である。

(四) 物品の使用等不許可処分について

(1) 被告らの主張

監獄内では、保安及び規律の保持等の観点から法務大臣が指定した物品を除くほか受刑者の私的な物品の所持が一般的に禁止され(監獄法五一条以下、行刑累進処遇令七三条)、具体的な場合に所持を認めるか否かは刑務所長の裁量に委ねられているものである。

本件においては、そもそも原告が願い出た事務用品は、いずれも右指定物品に該当せず、その使用・購入の許否は、被告所長の裁量に委ねられている。そのうえ、被告所長は、処遇の公平、逃走及び自殺その他事故防止の観点から原告に右事務用品の使用・購入させるのを不適当と判断して不許可処分にしたのであって、右判断には合理性が認められるから、被告所長の右不許可処分を違法ということはできない。

(2) 原告の主張

被告らとの訴訟上の公平を損ない、また、原告に一部糊の使用を認める扱いをしていることとの均衡を欠くから違法である。

(五) 願箋給与不許可処分について

(1) 被告らの主張

在監者の願い出をいかに処理するかは、刑務所長の裁量に属する事柄であり、被告所長は、限られた職員で多数の受刑者の種々の願い事を適正かつ円滑に処理するため、願箋という用紙に所定の事項を記入させて(但し、一願箋一願い事)所定の時間内にそれを受け付けるという合理的な事務処理方法を採っていたところ、本件は、被告所長が、原告に交付した願箋のうち願い出の決まっていないものを回収したり、原告が一度に処理できない枚数の願箋交付を願い出たのに対して急を要するものから順次一件ずつ願い出るように指導したにすぎないものであるから、被告所長の右措置を違法ということはできない。

(2) 原告の主張

原告が願い出事項を明確に示した上で一〇枚の願箋交付を申し出てそれが一旦交付されていたにもかかわらず、被告所長は、原告の弁護士団体宛の人権侵害救済申立てを妨害するために六枚の願箋を取り上げたのであるから違法である。

(六) 私本の所持冊数に関する不許可処分について

(1) 被告らの主張

監獄内では、在監者の図書の閲読につき、内容的には閲読を許可してよいものであっても、規律維持、処遇の公平等の観点から、同時に所持できる冊数を制限されており(監獄法三一条、同法施行規則八六条二項等)、被告所長も、右規定を受けて、鳥取刑務所において受刑者が同時に所持できる私本につき、一般図書として三冊以内、特別図書として(所長が特に必要があると認めた図書)七冊以内の合計一〇冊以内の所持を認めるという合理的な規制を設けていたところ、同刑務所職員が誤って一二冊の私本を交付したため、被告所長は、原告の私本を一〇冊以内に調整する処分を採ったものにすぎないから、これをもって違法ということはできない。

(2) 原告の主張

被告所長は、一旦は問題がないとして私本の冊数外所持を許可しておきながら、後にこれを変更して私本所持冊数に関する不許可処分をしたものであり、右変更には何ら合理的理由が見出せず、かえって、原告の訴訟妨害の意図さえ窺われるから違法である。

(七) 証拠品郵送不許可処分について

被告らの主張

刑務所長は、その裁量により、拘禁目的に反せず、かつ規律の維持を阻害しない範囲で、在監者に私物を使用又は処分させることをできるところ(監獄法五二条)、被告所長は、証拠品の要・不要にかかわらず、原告から願い出のあった私物を証拠品として郵送することを安易に認めれば、原告の性向からして今後も多数の同種申立てを行うことが予想され、私物の管理に支障を来すおそれがあるうえ、告訴事件に係る証拠品は、告訴事実の存否の裏付けとなる証拠方法にすぎず、後日捜査機関の要請を待って提出させれば、その目的を充分達することができると判断してこれを不許可にしたものであるから、右判断には合理性があり、裁量権濫用・逸脱の違法はない。

(八) 文書の継続閲覧不許可処分について

(1) 被告らの主張

在監者の文書閲読の制限については、監獄内における規律維持、処遇の公平等を図るため、監獄法三一条二項に基づき収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程(以下「図書等取扱規程」という。)に定められているが、原告が願い出た文書はいずれも同規程二三条の「その他の文書図画」に当たり、その取扱いは、所の実情に応じて所長が定めることになっており、これを受けて被告所長は、その他の文書の閲読期間を原則として七日間とする合理的な基準を設けて管理運営していた。

本件においては、被告所長は、判例時報コピー及び「救援」とも右基準に基づき、原告にはすでに七日間の閲読期間が与えられていたこと、右コピーにつき一か月の、「救援」につき七日の延長を認めれば、他の受刑者との処遇上の公平を欠くこと、文書の内容及び量から、右コピーは更に七日間の延長を与えれば閲読可能であるし、「救援」は既に与えた期間で閲読可能と認められることなどを考慮して本件の各処分を行ったものであるから、被告所長の右判断は合理的なものであり、裁量権濫用・逸脱の違法はない。

(2) 原告の主張

裁判所から書証用として交付を受けた訴訟記録のコピーの閲読期間を無期限としているのに、弁護士から送付された判例時報のコピーを別異に取り扱う合理的な理由がない。また「救援」も原告にとって訴訟上重要な参考資料であり、その完全閲読ができなかったとして延長を願い出たものであるし、閲読を認めたからといって管理運営上支障を生じるようなことはないから違法である。

(九) 訓戒処分

(1) 被告らの主張

在監者に規律違反があれば懲罰を科するのが監獄法の建前であるが、ささいな反則の場合には訓戒で済ますことが慣習的に行われており、鳥取刑務所においても同様の取扱いがなされていた。

本件において、原告は、入所時に教示されるとともに各居房の冊子に明記されていた就寝時間後の行動規制に関する規律に違反して就寝時間過ぎにうちわを使用したので、被告所長は、本来規律違反として懲罰を科すべきところ、事案が軽微であったことを考慮して従前の扱いどおり訓戒処分としたものであるから被告所長がした右処分には何ら違法はない。

(2) 原告の主張

原告は従前から就寝時間後においてもうちわを使用していたところ、突然右使用につき注意・指導をされ訓戒処分を受けたのであるから、右処分は規律無告知によるものとして違法である。

(一〇) 信書の一部抹消不許可処分について

(1) 被告らの主張

受刑者の親族以外の者に対する信書の発信は原則として禁止されているが、刑務所長の裁量的判断により「特に必要ありと認むる場合」にのみ許されており(監獄法四六条二項)、右判断に当たっては、特別発信を願い出た本人の願箋記載内容、信書の内容、本人の過去の発受信の状況、その性向・行状、施設の保安管理体制等を総合的に勘案して、本人の教化改善や権利救済のため特に必要があると認められるか否かを決することが要請されるべきである。

本件においては、そもそも原告は、訴訟その他不服申立てを乱発して施設職員の士気の低下を図り、施設内の処遇に関して一度許されたことは既得権として固持するなど、受刑生活から逃避しようとしている者であり、仮に不服申立てのためという理由が付されていたとしても、それを鵜呑みにして、どのような内容であっても特別発信を認めるということになれば、原告の意のとおりとなって、その改善更生のための働きかけを受け付けない状況を現出させ、受刑者の拘禁目的である教化改善を阻害することにつながるおそれがあったこと、原告が願い出た本件の信書の記載内容には新聞社顧問弁護士の住所・氏名等の調査を依頼する部分があり、その部分は原告が願い出た「訴訟相談等」には当たらないこと、原告はすでに数カ所の弁護士団体等に対して特別発信をして訴訟等に関する相談をしており、あらためて新聞社顧問弁護士の照会の必要が認められないこと、右部分を抹消しなければ、原告の依頼により事前調査等もなく報道機関から一方的な報道がなされるおそれがあったのであり、仮に、そのようなことになれば、行刑施設の実情が誤って受け取られ、社会からいわれなき非難を受けることになって行刑施設の社会的信用が失墜し、受刑者の処遇及び社会復帰にも重大なる支障を及ぼしかねないことなどの事情を被告所長は総合考慮して不許可判断したものであり、右判断には合理性が認められるから、裁量権濫用、逸脱の違法はない。

(2) 原告の主張

被告所長には原告が複数の弁護士に訴訟等に関する相談をすることを制限する理由はなく、また一部抹消することなく本件信書の特別発信を認めたとしても、拘禁目的及び紀律の維持を害するおそれなどないことから違法である。

(一一) 図書の閲読不許可処分について

(1) 被告らの主張

在監者の図書内容による閲読の制限に関しては、拘禁の目的に反せずかつ監獄の規律に害なきものに限って閲読が許され(監獄法三一条二項、同法施行規則八六条一項)、その許否は、監獄内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害を生ずる相当の蓋然性があったか、右障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲での制限があったかなどの基準により判断されるが、監獄の長が右基準に基づいて合理的な判断をしたと認められる限り、長の措置は適法なものと解されている(最高裁昭和五八年六月二二日大法廷判決参照)。

本件においては、被告所長は、当該図書は、その内容からして監獄闘争をあおり、監獄又はその職員に対する嫌がらせ、処遇の駆け引きに用いることを目的として作成されたものであり、濫訴的傾向のある原告の動静、原告の多数の願い出、発信等に忙殺された施設の管理運営状況等を総合的に勘案して閲読不許可の判断をしたのであるから右判断には合理性があり、したがって、右処分には裁量権濫用、逸脱の違法はない。

(2) 原告の主張

当該図書は全体としてみれば、訴訟に役立つ案内書であるし、濫訴的傾向といっても原告は法律上認められた手続で不服申立てをしているに過ぎないから、被告所長のした閲読不許可処分は違法である。

(一二) 作業免除不許可処分について

(1) 被告らの主張

刑務作業の免除については、監獄法令に定められているところ、被告所長は、法の定める免除事由に当たらないこと、安易に免除を認めれば行刑の目的に反しかねないし、他の受刑者との処遇上の公平を失すること、訴状を作成する認書期間は十分与えていることなどの理由でこれを不許可としたものであり、右判断は合理的なものといえるから、裁量権濫用逸脱の違法はない。

(2) 原告の主張

適正な訴状作成期間が与えられなかった原告の行政訴訟を提起するための最低限度の願い出であったにもかかわらず、被告所長はこれを不許可処分にしたのであるから、右処分は訴訟妨害を意図したものであって違法である。

(一三) 情願認書等不許可処分について

(1) 被告らの主張

認書を求める在監者が懲罰中の場合、懲罰を科した趣旨を没却しないようにするため提出期限が差し迫った書類を除き、これを許可しない扱いとされているところ、被告所長は、懲罰執行中の原告からの認書願につき、原告のこれまでの情願申立ての経緯から施設の円滑な運営を妨害する目的でなされたものと認められたこと、すでに訴状補充申立書の認書を許可していたので新たに情願認書を許可すれば科罰の意義を没却することになりかねないことなどを理由に不許可とし、懲罰終了後に願い出をするように指導していたのであるから、被告所長の右措置に不合理な点は認められず、裁量権濫用逸脱の違法はない。

(2) 原告の主張

そもそも願い出当時に受けていた懲罰自体が違法なものであるうえ、本件の情願認書等不許可処分は今後一切の情願申立てを受け付けないという不当な処分であるから違法である。

5  本件各処分による損害の有無

原告は、違法な本件各処分により多大な精神的損害を被った(金銭に換算すると少なくとも後記記載の金額となる。)旨主張し、被告は、本件各処分は適法であるから、仮に本件各処分により原告が精神的苦痛を受けたとしても、それは原告が当然受忍すべきものである旨主張する。

第一事件

本件懲罰処分 三〇万円

第二事件

訴状認書不許可処分

物品の使用等不許可処分

(一)ホッチキス・(二)糊

願箋給与不許可処分

私本の所持冊数に関する不許可処分

冊数外所持について 各二〇万円(小計一六〇万円)

証拠品郵送不許可処分

私本の所持冊数に関する不許可処分

同時所持冊数規制について 各二五万円(小計五〇万円)

文書の継続閲覧不許可処分

(一)判例時報のコピーについて 三〇万円

第二事件の合計二四〇万円

第三事件

物品の使用等不許可処分

(三)下敷

文書の継続閲覧不許可処分

(二)「救援二二〇号」八月号

作業免除不許可処分

情願認書等不許可処分 各五万円(小計二〇万円)

信書の一部抹消不許可処分 各二〇万円(小計四〇万円)

図書の閲読不許可処分 三〇万円

第三事件の合計九〇万円

第三争点に対する判断

一争点1ないし3(本件各処分の取消請求におけるその処分性ないし訴えの利益の有無)について

本件各処分については、前記三の争点1、2に記載したとおり、個々にその処分性及び訴えの利益が問題になるものもあるが、本件各処分は全て原告が在監中に受刑者として受けたものであるから、前記二に認定したとおり、原告は平成二年五月一七日に鳥取刑務所を出所して受刑者としての立場を離脱した以上、本件各処分につき、その効力はもはや原告に及ばなくなっているというべきであるし、本件各処分を取り消すことで本件各処分全般の効力を遡及的に消滅させたとしても、原告には回復すべき法律上の利益を何ら認めることができないのであるから、原告が本件各処分の取消しを求めた各訴えにはいずれも訴えの利益が認められない。

よって、争点1、2について判断するまでもなく、原告の本件各処分の取消しを求めた各訴えはいずれも不適法である。

二争点4(本件各処分の適法性の有無)について

1 本件各処分は、前記第二、二に認定のとおり、いずれも原告が鳥取刑務所において懲役刑の受刑中に被告所長が行ったものであるが、懲役刑の受刑者は、そもそも一般市民とは異なって、国家の刑罰権の行使として拘禁され、定役が科せられる。それは、受刑者に犯罪に対する責任を全うさせて社会的正義を実現し、さらに、受刑者を社会から隔離することで一般社会を防衛するとともに、その教化改善を図って、社会への適応性を回復・増進させるという行刑の目的を達成するために拘禁するのであるから、右行刑目的実現のために要請される一定の制限を受けることを免れない。また、刑務所は、多数の受刑者を社会から隔離して収容する施設であり、前記行刑目的を達成する上においてもその当然の前提として、刑務所内の規律及び秩序を維持し、正常な状態を保持しておく必要がある。そのうえ、多数の受刑者の集団的な管理運営を図る関係上、受刑者間の不平不満が生じないためにも、まず第一に処遇上の公平を考慮しなければならず、そのために受刑者が一定の制限を受けることも当然の前提とされていると解すべきである。

そして、右制限措置を行うに当たっては、行刑上の専門的、技術的な知識に基づき、適時に適切な処理がなされるべきであるから、刑務所の管理・運営上の最高責任者であり、当該刑務所の実情に明るい刑務所の長に広範な裁量権が認められるべきであるが、刑務所長が、そのような広範な裁量権を適正に行使するに当たっては、集団的管理運営上ある程度統一的な基準でもって多数の受刑者間の処遇上の不公平が生じないような運用を図らねばならず、そのためには、刑務所長において、全国的な刑務所の管理運営等を参考にしつつも、当該刑務所の実情に応じた受刑者の行動規制に関する規則・基準をあらかじめ設けておいて、これに基づいたある程度画一的な処遇を行うことは合理的な施策であるといわなければならない。

しかしながら、信書の発信や図書の閲読の自由等の制限をするに当たっては、それが受刑者の最も基本的な人権にかかわることから、右のような画一的な制限措置を形式的に運用することは許されず、受刑者に対して不必要な制限を課すことにならないように配慮しつつ具体的個別的にその許否が判断されなければならない。そして、その制限の許否の判断基準については、単に前記した教化改善を妨げたり、規律及び秩序が害される等の障害が発生する一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、受刑者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況その他具体的事情を勘案して、右障害が発生する相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、その制限の程度は、右障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるものと解すべきである。その際、右障害が発生する相当の蓋然性があるかどうか、これを防止するためにどのような内容、程度の制限措置が必要と認められるかについては、前記したとおり、刑務所長の裁量的判断に待つべき点が少なくないから、障害発生の相当の蓋然性があるとした長の認定に合理的な根拠があり、その防止のために当該措置が必要であるとした判断に合理性が認められる限り、長の右措置に違憲違法はないものと解するのが相当である(最高裁昭和五八年六月二二日大法廷判決参照)。

2  本件懲罰処分について

(一) まず、原告は、本件懲罰処分の科罰手続を刑事手続に準じた適正な手続で行うべきである旨主張しているので検討する。

被告所長は、監獄内の規律及び秩序の維持の必要上、受刑者に紀律違反があった場合には懲罰を科すことができ(監獄法五九条)、その科罰手続についても、被告所長の合理的な裁量に委ねられているところ、そもそも懲罰は行政上の秩序罰であるから、刑罰を科すための刑事手続と同列に考えることはできないし、監獄内の規律及び秩序を保持するという観点から迅速かつ円滑な処理が要求されるから、原告の主張するような刑事手続に準じたものまでは要請されていないというべきである。しかし、懲罰は受ける本人にとっては不利益処分であるから、本人に対する告知・聴取権を十分に与えるべく、その弁解を十分に聴き規律違反の事実関係を明らかにした上で、違反事実に即応した適切な懲罰を科すことができるような合理的な手続でなければならないのはいうまでもない。

(二) そこで、被告所長がした本件懲罰処分が右にいう合理的な手続といいうる手続に基づき科されたものであったか否かにつき検討するに、証拠(〈書証番号略〉、証人藤本克美、原告本人)によれば、以下の事実経過、根拠によって被告所長が原告に対して本件懲罰処分を科したことが認められる。

(1) 鳥取刑務所においては、懲罰事案が生じた場合、これを迅速かつ適正に処理すべくあらかじめその科罰手続を内部的に定めており、以下に認定する本件懲罰処分の科罰経過は、その科罰手続に基づいて実施されたものである。

(2) 法務事務官看守C(以下「C看守」という。)は、昭和六二年五月一一日午後八時一二分ころ、鳥取刑務所第四舎一八房において、原告とAが互いににらみ合っているところを現認したので、保安課に通報し、駆けつけた法務事務官主任看守部長D(以下「D部長」という。)及び同官看守部長E(以下「E部長」という。)に現認した右状況を伝えて原告とAにけんかの疑いがある旨報告した。

(3) 右報告を受けたD・E両部長は、直ちに第四舎一八房に赴いて、原告、A、同房のB及びF(以下「F」という。)から保安課室において順次事情聴取したところ、原告がA及びBと争論し、その際、原告がAから殴られていたとの疑いが生じた。そこで、法務事務官看守長Gは、原告及び関係者であるA、B及びF(以下「関係者三名」という。)を、右争論の嫌疑により懲罰事犯として取り調べるため直ちに独居拘禁に付した(監獄法施行規則一五八条)。そして、取調官に命じられた法務事務官主任看守部長H(以下「H部長」という。)は、同月一三日に原告を、翌一四日に関係者三名を、また、法務事務官副看守長Iが、右同日、右争論を目撃した同房のJ(以下「J」という。)を、それぞれ取り調べてその供述を録取しその内容を読み聞かせて誤りのないことを確認させた上で署名指印させて供述調書を作成した。その結果、原告がA及びBと争論したとの嫌疑が認められたので、同月一九日、原告は、右嫌疑により懲罰委員会(管理部長を長として各課長で構成される組織で、懲罰事犯を具体的に審査する被告所長の諮問機関)に付された。

(4) 懲罰委員会は、原告に対し、右嫌疑事実を読み聞かせてその弁明を聞き、しかる後、関係者三名からも事情を聴取したところ、原告は、右嫌疑事実である争論を否定したが、関係者三名は、原告の争論の事実を認める供述をした。そこで、懲罰委員会は、すでに取調べ済の供述調書等の資料に加えて、同委員会での原告及び関係者三名の供述結果を総合的に考慮した結果、原告がA及びBと争論したことを認定し、本件懲罰処分を相当とする意見を決定してその旨を被告所長に上申したところ、被告所長は、懲罰委員会の意見を相当と判断し、懲罰委員会の意見どおり、原告に対して本件懲罰処分を科した。

(三) 以上の認定事実によれば、被告所長は、鳥取刑務所において、あらかじめ定められた科罰手続に則して、原告の争論違反の事実関係を究明するために当然必要とされるべき調査を尽くし、刑務所職員の課長以上で構成される懲罰委員会において、原告の弁明を聴いた上で右調査結果をもとに検討を加えて原告に本件懲罰処分を科すことを相当とする意見を決定し、それを受けて本件懲罰処分を科すとの判断を下したものである。したがって、原告の主張するような一方当事者のみの申告を鵜呑みにして簡単な事実調査のみで本件懲罰処分を科したものとは認められず、その科罰手続は合理的なものというべきである。

よって、被告所長がした本件懲罰処分の科罰手続には何ら瑕疵はなく、右処分を違法ということはできない。

3  訴状認書不許可処分について

(一) 被告所長は、監獄法令に認書に関する具体的な規定がないものの、認書に伴って生ずる処遇上の公平や認書により作成された文書の管理及びその適正な処理を行う必要から、受刑者の認書期間等に関して一定の規制をすることができるが、原告が願い出たところの訴状の認書については、その訴権の行使を阻害しないよう慎重な判断が求められる。

(二) しかしながら、訴状は、そもそもその性質上特に迅速かつ正確な発送が要求されるなど取扱いに慎重を要する文書であり、被告所長においても、その認書状況等を正確に把握しておく必要があるから、原告の願い出た六か月又は三か月という長期の認書期間を認めることによりその正確な把握が困難になってその取扱事務に支障を来すおそれがないとはいえず、認書期間を短縮して認書を認めた被告所長の判断にもその意味で一定の合理性がある。この点につき、原告は、訴状以外の例えば、アムネスティー・インターナショナル・日本支部理事長宛の特別文書の認書に期限が設定されていない扱いにしていることとの不均衡を主張する。しかしながら、右特別文書は一過性のものであるのに対して、訴状等は、裁判所に提出する書類として、特に迅速、正確な処理が要求される性質の文書であるうえ、その処理状況についても明確に把握しておかねばならないものであるから、その取扱いに差異を設けたとしても、特に不合理であるということはできない。

また、前記認定事実及び証拠(〈書証番号略〉)によれば、原告から願い出のあった行政訴訟等の訴状の認書(期間六か月又は三か月)につき、被告所長は、いずれも期間を一か月に短縮して認め、一か月で認書できない場合は、期間延長を願い出るように原告に指導していたことが認められるから、原告には、訴状の認書のために必要な期間を十分付与されていたことというべきである。したがって、被告所長が原告の願い出を六か月に限って認めたことは、受刑者の訴権をできるだけ阻害しないように認書取扱事務を適正に行う上で必要かつ合理的な判断を行ったものというべきであるから、被告所長の右措置には、何ら裁量権濫用、逸脱の違法はないというべきである。

4  物品の使用等不許可処分について

被告所長は、監獄内の保安及び規律の保持等の観点から法務大臣が指定した物品を除くほか一般的に禁止された受刑者の私的な物品の所持を具体的に所持を認めるか否かの裁量権を有しているが(監獄法五一条以下、行刑累進処遇令七三条)、そもそも本件の事務用品はいずれも法務大臣が指定する物品に該当せず、その許否につき、被告所長の裁量が認められている物品であるから、被告所長の判断が明らかに不合理なものでない限り、その判断が尊重され違法の問題は生じないものというべきである。

そこで、本件についてこれを見ると、証拠(〈書証番号略〉、証人K)によれば、被告所長は、訴状を綴じたり、副本作成等のためには、ホッチキス、下敷等の本件事務用品は必ずしも必要でなく、かえって、これらを許可するのは他の受刑者との処遇上の公平、逃走及び自殺その他事故防止の観点から不適当と判断し、訴状を綴じるものとしてはホッチキスの代わりにとじ紐を与えたことが認められる。右事実によれば、被告所長は、刑務所内の規律及び秩序を維持するため物品の管理に万全を期したものであり、ことさら原告の訴状の作成を妨害したものとは認められないから、その判断に特に不合理な点はなく、したがって、被告所長がした物品の使用等不許可処分には裁量権濫用・逸脱の違法は認められない。

5  願箋給与不許可処分について

被告所長は、監獄内における多数の受刑者を適切に管理運営する責任者として受刑者の願い出事項の処理方法につき裁量権を有していたところ、原告が昭和六二年六月一日に申し出た願箋六枚の給与につき、被告所長が右裁量権に基づいてした願箋給与不許可処分の経緯は次のとおりであることが認められる(〈書証番号略〉、証人K)。

(一) 原告は、同年六月一日の作業終業前に、法務事務官主任看守L(以下「L看守」という。)を通じて法務事務官副看守長M(以下(M看守長」という。)に対し、弁護士団体等への特別発信の許可を願い出るために願箋一〇枚の交付を願い出たところ、M看守長は、作業終了後となる午後四時二〇分から午後五時までの間に受け付ける旨告知して原告に願箋一〇枚を交付した。

(二) M看守長は、右同日午後五時ころ、原告の居房に行って先に交付した一〇枚の願箋を受け付ける旨告知したところ、原告は四枚しか願い出事項が決まっていないと申し立てたので、同看守長は、原告に対し、右四枚の願箋は翌二日に、残り六枚の願箋は右四枚の願箋処理が済んだ後にそれぞれ受け付けるから、急ぐものから順次願い出るよう指導して一旦六枚の願箋を引き上げた。

(三) 同年六月二日の午前中、原告は、L看守に対し、願箋一枚を提出し、その際、願箋一〇枚の交付を再度申し立てたので、同看守は、M看守長にその旨報告したところ、同看守長は、原告を再度指導する必要があると判断して、L看守に対し、原告が残り三枚の願箋を提出した時点で原告を再度面接指導するので、それまでは願箋の交付をせず、原告が残り三枚の願箋を提出時点で直ちに報告するように指示した。

(四) M看守長は、同日の昼前ころ、L看守から原告が残り三枚の願箋を提出したとの報告を受けて原告を保安課調室に連行し、原告に対して、願箋一〇枚を願い出をしても一度に処理できないので、急を要するものから順次一件ずつ願い出るように指導した。

(五) 被告所長は、原告がMの右指導に従って昭和六二年六月二日から同月二〇日まで順次願い出た六か所の弁護士団体を含む合計一二件の特別発信を許可した。

右事実によれば、原告が主張するように被告所長が一旦交付された願箋一〇枚のうち六枚を原告の弁護士団体宛の人権侵害救済申立てをことさら妨害するために回収したものとは認められず、かえって、被告所長は、一旦交付した願箋一〇枚のうち願い出事項の決まっていない六枚を回収し、既交付の四枚の願箋処理が済んだ後、急を要するものから順次一件ずつ願い出るよう指導したものであり、現に原告は右指導に従ってその直後から順次弁護士団体宛特別発信の願い出をし、発信の許可を受けて発信をしていることが認められる。したがって、被告所長の右措置は願箋の適正かつ円滑な処理を行う上で合理的な措置であるというべきであり、その措置に何ら違法はない。

6  私本の所持冊数に関する不許可処分について

(一) 鳥取刑務所においては、受刑者がその内容にかかわらず同時に所持できる私本の冊数を一般図書として三冊以内、特別図書(所長が特に必要があると認めた図書)として七冊以内の計一〇冊以内とする扱いにしてこれを運用していたものであることが認められる(〈書証番号略〉)が、これは被告所長が、監獄法三一条、同法施行規則八六条二項等の監獄法令の規定を受けて、監獄の取扱に著しく困難を来すおそれがあるとして、ある程度画一的な処理をしたものであり、しかも、右程度の制限では、いまだ受刑者の図書の閲読の自由を侵害するとまではいえず、受刑者が居房内において所持する図書の適正な管理を行う上で必要かつ合理的な制限というべきであるから、右の同時所持冊数の制限の取扱いをもって裁量権濫用逸脱の違法があるということはできない(〈書証番号略〉、)。

(二) そこで、以上を前提に本件における原告の冊数外所持の願い出に対する被告所長の処置につき検討するに、まず、右処置の経緯は、次のとおりであることが認められる(〈書証番号略〉、証人K)。

(1) 原告は、懲罰執行中である昭和六一年五月二一日、行政訴訟等の訴状作成のためとして、右懲罰のため所持が禁止され保管課預かりとなっていた原告の私本一〇冊のうちの「広辞苑」並びに領置中の「現代用語の基礎知識」及び「模範六法」の閲読を願い出たので、被告所長は、懲罰中の認書が許可されている午後五時から午後九時までの間に限り、房内での閲覧を許可した。ところが、同月二六日に解罰となった際に、L看守は、右三冊の私本を右懲罰のため保安課預かり中の九冊の私本に加えて所持を許可されたものと誤解して、鳥取刑務所において私本の同時所持を許される一〇冊の限度を超えて合計一二冊の私本を交付した。

(2) 被告所長は、原告が「模範六法」「広辞苑」「現代用語の基礎知識」の三冊につき、昭和六二年六月二六日、冊数外所持の出願をした際にあらためて原告の私本を調査させたところ、右(1)のとおり原告が同時所持冊数を超える一二冊を所持していることが判明した。そこで、被告所長は、房内に同時に所持できる冊数は一〇冊以内との取扱いであることを改めて確認した上、訴訟用として願い出があった私本につき五冊以内で保安課において保管しておき、必要に応じて一日一回に限り房内に所持している私本との交換を認める旨の決定をして、同月二九日、原告に対し、その旨を告知した。

(3) 原告は、右告知を受けた後、右決定に従って現に所持している一二冊の私本のうち二冊(万有百科事典〔動物編〕、英和辞典)を保安課に保管する私本として提出した。

(三) 右事実によれば、被告所長は、原告に対し一二冊の私本を誤って交付したため、前記した鳥取刑務所の取扱い通りに原告の私本を一〇冊以内に制限したものであり、右制限に当たり、被告所長に原告の訴訟を妨害する意図があったとは認められない。しかも、原告は、被告所長の指導に従って、その願い出にかかる私本三冊を結局所持できたわけであるから、被告所長の右措置により、原告は、何ら訴訟活動を妨害されたわけでもない。したがって、被告所長がした私本の所持冊数に関する不許可処分には何の裁量権濫用、逸脱もなく、違法な点はないというべきである。

7  証拠品郵送不許可処分について

刑務所長は、監獄法五二条に基づき、拘禁目的に反せず、かつ規律の維持を阻害しない範囲で、在監者に私物を使用又は処分させることができるところ、被告所長は、告訴事件に係る証拠品は、告訴事実の存否の裏付けとなる証拠方法にすぎないものであり、後日捜査機関の要請があった段階でその提出をさせても、捜査機関としてはその目的を充分達することができること、告訴等の不服申立ての証拠品として私物の郵送を安易に認めれば、原告の過去の不服申立状況からして今後も同種申立てを多数行うことが予想され、私物の管理に支障を来すおそれがあることを理由に不許可の判断をしたことが認められ(〈書証番号略〉、証人K)、右事実によれば、被告所長は、受刑者の私物の管理運営に万全を期するという観点から原告の告訴権を実質的に侵害しない程度で右判断を下したことが認められるから、その判断には合理性があり、したがって、被告所長がした証拠品郵送不許可処分には裁量権濫用、逸脱の違法はないというべきである。

8  文書の継続閲覧不許可処分について

原告願い出の判例時報コピー及び「救援二二〇号」については、刑務所内の正常な管理運営や処遇の公平等を図るため、監獄法三一条二項及び図書等取扱規程二三条に基づき、「その他の文書図画」として所の実情に応じた取扱いが認められており(〈書証番号略〉参照)、鳥取刑務所においては、被告所長の達示により、その閲読期間を原則として七日間、閲読後は廃棄とする取扱いがなされていたことが認められる(〈書証番号略〉、証人K)。

原告は、この取扱いにつき、訴訟記録のコピーの閲読期間(無制限)と別異に取扱う合理的な理由がない旨主張する。

しかしながら、本件は、文書内容により閲読を制限するものではなくて、その閲読期間を前記管理運営上及び処遇上の公平等の観点から文書の内容及び量等から閲読可能であると判断される期間に限定したものであり、また、前記のとおり、処遇上の公平を図るという観点から画一的な運用基準を設けて処理することは合理的なものといえる。それに被告所長が訴訟記録をコピーの閲読期間を無制限としているのは、それが特に訴訟上必要とされる文書であることに鑑みて、その閲読期間を特に制限しない取扱いにしているとも推察されるから、これをもって、鳥取刑務所における「その他の文書図画」に関する前記取扱い自体を違法ということはできない。

また、原告は、訴訟上重要な参考資料である前記文書を完全閲読できなかったから延長を願い出たのであり、これを許可しないのは、文書閲読の自由を侵害するものである旨主張する。

しかしながら、本件では、被告所長は、前記取扱いに則して、右判例時報コピー三枚及び「救援二二〇号」の閲読期間としてすでに七日間の期間を原告に与えていたこと、判例時報のコピー三枚は、更に七日間の延長を与えれば閲読が可能であり、「救援二二〇号」は、すでに与えた七日間で通常閲読可能であったことなどを勘案してこれを不許可にしたことが認められる(証人K)。そして、証拠(〈書証番号略〉、証人K、原告本人)によれば、判例時報のコピーは、その内容が判決であり、「救援二二〇号」はA3判位の大きさで表裏に記載がある八枚程度のパンフレットであって、いずれも原告にとって訴状作成の参考資料とするなど訴訟上必要な文書であることが認められるが、判例時報のコピーは三枚であり、原告自身いみじくも本人尋問で述べているように必要部分を転記しておけば、更に七日間の延長を与えれば十分であるうえ、「救援二二〇号」八月号もその内容及び量からしてすでに原告に与えられていた七日間で充分閲読可能であったことが認められるから、原告の右主張は採用できない。

したがって、被告所長が前記文書の継続閲読を許可しなかった右判断は合理的であると認められ、被告所長がした文書の継続閲覧不許可処分には裁量権濫用、逸脱の違法はないというべきである。

9  訓戒処分について

被告所長は、監獄内の規律維持等のため、慣行上在監者に規律違反に至らないささいな反則があった場合には、懲罰ではなく訓戒で済ます取扱いをしていたところ(弁論の全趣旨)、本件において、仮に原告の主張どおり従前時間外のうちわの使用を咎められなかったとしても、予め原告に告知されている受刑者の生活心得の定め(〈書証番号略〉)により就寝時間後の用便以外の行為が禁止されているのであるから、前記認定した原告の就寝時間過ぎのうちわの使用につき、被告所長が右規律違反を理由に訓戒を科したとしても、右訓戒が軽微処分であることをも考慮すれば、被告所長の右判断が合理性を欠いたものとはいえず、したがって、被告所長がした訓戒処分を違法ということはできない。

10  信書の一部抹消不許可処分について

受刑者は、非親族に対する信書の発受を原則として禁止され、刑務所長が「特に必要ありと認むる場合」のみ例外的にその発信が認められている(監獄法四六条二項)。これは、非親族との信書の発受が受刑者の教化改善上に悪影響を与えることを考慮してこれを一般的に禁止した上で、そのおそれがなくかえって受刑者の教化改善に資する場合や非親族ではあっても弁護士などの権利救済上の機関に対してその相談ないし訴訟依頼等権利救済上必要な信書の発信を行う場合に刑務所長が例外的にこれを認める扱いとしたものであると解される。

ところで、非親族に対す信書の発信の許否の判断は、前記したとおり、刑務所長の合理的裁量に委ねられており、しかも、右判断に当たっては、当該信書の相手方、その内容、当該受刑者の過去における信書の発受信の状況、その性向・行状、刑務所内の管理、保安状況その他具体的事情を総合考慮して専門的、技術的観点からその許否を決することになると解されるが、信書の発受が受刑者にとって基本的な権利であることに鑑みると、受刑者の教化改善上支障がなく、また、受刑者の権利救済上必要であるなど前記した事情が認められる限り、信書の発信を許可すべきであり、これを不許可にすることは裁量権の範囲を逸脱したものとして違法となると解すべきである。

本件についてみると、前記認定のとおり、本件の各信書は、原告が鳥取刑務所において不当・違法な処遇を受けたとしてその人権侵害の救済を図るべく、高橋・松本両弁護士に対し、その訴訟相談等を行うために発信されたものであり、右記載中には、新聞社の顧問弁護士の住所・氏名等の調査を依頼する箇所が含まれていたが、右の箇所が、被告所長により抹消されて発信されたというものである。

そこで、右抹消をした被告所長の判断に裁量権逸脱の違法があったかどうかを検討するに、確かに、原告は、訴訟その他不服申立てを乱発する傾向があったことが認められるから(〈書証番号略〉)、被告らが主張するように、原告から権利救済上の不服申立てがあったからといって、その内容を問わず、信書の特別発信を認めるということになれば、原告の教化改善を妨げるおそれもないわけではない。しかしながら、前記認定のとおり、本件の各信書は、弁護士という人権擁護を使命とする公的性格をもった職業に従事する人物に宛てられた人権救済にかかる訴訟相談等に関する内容のものであり、その抹消部分についても、単に新聞社の顧問弁護士の住所・氏名等の調査を依願するものであるから、この抹消部分の発信を許可したからといって、特に原告の教化改善に悪影響を及ぼすとも認められず、かえって、これを制限することは、原告が訴訟相談ないし訴訟依頼をしようとする弁護士を探すことを妨害することにもなりかねない。

この点につき、被告らは、当該抹消部分が原告が願い出た訴訟相談等に当たらないこと、すでに数か所の弁護士団体宛に訴訟等の相談をしており、他の弁護士を依頼する必要性が認められないこと、新聞社の顧問弁護士の照会依頼を認めれば、事前調査なくして一方的な報道がなされるおそれもあったのであり、仮に、そうなれば、行刑施設の実情が誤って受け取られ、社会からいわれなき非難を受けることになって行刑施設の社会的信用が失墜し、受刑者の処遇及び社会復帰にも重大なる支障を及ぼしかねないことなどを理由に被告所長がした判断の合理性を主張する。しかしながら、そもそも原告が自己の権利救済に関する訴訟準備に当たり、いかなる弁護士と訴訟相談し、又は訴訟代理人として訴訟を遂行するかは、その自由な選択に委ねられるべき問題であるから、他の弁護士の照会依頼をすることも、訴訟相談等の相手を探すという意味で原告の願い出事項に含まれるといえるし、すでに弁護士等に相談を受けていることを理由に他の弁護士の照会を拒む理由も何ら見出せない。それに、新聞社顧問弁護士の氏名、住所等を照会し、これに対する回答を得た原告がその弁護士に訴訟相談ないし訴訟依頼をしたとしても、その弁護士自身これを受けるかどうかも未定であるうえ、まして、弁護士が受刑者にすぎない原告の言い分のみを鵜呑みにして顧問先の新聞社にこれを掲載するよう働きかけたりし、新聞社等の報道機関が事前調査もなくそれを報道するとは到底考え難い(仮に、万一被告らの指摘するような真実に反する報道が現実になされたとしても、行政機関として適切に反論する機会は十分与えられているというべきであるし、そもそも被告国が矯正行政の実態について日頃から正しく適切な広報活動に努めておれば、社会からいわれなき誤解を受けるようなことはあり得ないのであって一受刑者の言動をとらえて行政施設の社会的信用失墜を云々するなどは本末転倒の議論というほかはない。)。

よって、被告らの右主張は正当な根拠を欠くものであって到底採用することができない。

以上によれば、本件各信書を抹消した被告所長の判断には合理性は認められず、被告所長がした信書の一部抹消不許可処分は、裁量権の範囲を逸脱した違法があるといわざるを得ない。

11  図書の閲読不許可処分

受刑者の図書の閲読については、拘禁の目的に反せずかつ監獄の規律に害なきものに限って許されているが(監獄法三一条二項、同法施行規則八六条一項)、図書閲読の許否については、前記したとおり、刑務所長の合理的裁量に委ねられ、個々の具体的事情のもとにおいて、当該図書の内容、当該受刑者の性格、行状、精神状態、当該施設の管理保安体制等を総合的に考慮して、相当の蓋然性の基準でもって判断されるべきである。

そこで、本件図書の閲読を不許可にした被告所長の判断に裁量権の範囲を逸脱した違法があるかを検討する。

確かに、本件の図書には被告らが指摘するような監獄闘争をあおるような内容が記載されていることは事実である(〈書証番号略〉)。そして、前記認定したとおり、原告には濫訴的傾向が認められるから、被告が主張するように、本件のような図書を閲読させれば、原告の教化改善上の妨げとなり、更には刑務所内における教化改善上良好な雰囲気を阻害することにもなりかねず、ひいては監獄内の管理運営上の支障を生じさせるおそれも全くないとは言い切れないところである。

しかしながら、本件の図書における一部監獄闘争をあおるがごとき内容はその一部分に過ぎず、その大部分は、刑務所内において不当、違法な処遇を受けた場合の法律上の権利救済の方法を平易に解説したものであり、全体的にみれば、刑務所内で受けた人権侵害に対する法律上の救済申立の手引書であることが認められる(〈書証番号略〉)。なるほど、原告は、前記認定のとおり弁護士等に訴訟相談等をしたり、訴訟を提起・遂行する上で参考となる図書を所持していることは認められるが、そのこと自体は本件の図書の閲読を制限する理由たりえないし、かえって、その閲読を認めないのは、原告の権利救済を求めた不服申立権ないし裁判を受ける権利を妨害することにもなりかねない。

しかも、原告の濫訴的傾向により施設の管理運営に支障を来すおそれがあるといっても、、原告が権利救済のため関係機関へ申立てをすること自体は、その申立てに理由があるか否かを問わず原告に法律上認められた権利であるうえ、前記認定のとおり、被告所長がこれまで原告の多数の不服申立てを許容してきた経過に鑑みれば、本件図書の権利救済申立の法律手引部分につき、その閲読を許可したからといって特にそのことによって、ことさら原告の教化改善に悪影響を及ぼしたり、また、刑務所内の管理運営に放置することができない程度の障害を生ずる相当の蓋然性があるとまでは認めることができない。

以上によれば、少なくとも本件図書の法律解説的部分の閲読を不許可にした被告所長の判断には合理性は認められず、したがって、本件図書の右部分に関する閲読不許可処分は、その裁量権を逸脱した違法があるといわざるを得ない。

12  作業免除不許可処分について

懲役刑の受刑者は定役に服することが義務付けられ、作業を強制されており(刑法一二条二項)、作業免除に関しては、監獄法令に定められているところ、前記認定のとおり、原告は、行政訴訟の出訴期間が迫っているとして、訴状作成のため、四日半の作業免除を願い出たが、右願い出は、右法の定める免除事由のいずれにも該当しないうえ、昭和六二年五月二〇日以降、原告が出した行政訴訟のための訴状認書願をいずれも許可されていたことが認められるから(〈書証番号略〉)、訴状を作成するための認書期間は十分あったと認められる。したがって、被告所長が原告の右作業免除の願い出を不許可にしたとしても、原告の行政訴訟の提起を妨げたと認められず、かえって、これを許可すれば、法の予定しない特権を原告に与えることになって、法が定役を課した意義を没却し、また処遇上の公平をも著しく欠く結果ともなる。

したがって、被告所長がした作業免除不許可処分には何ら裁量権濫用、逸脱の違法はない。

13  情願認書等不許可処分について

受刑者の懲罰執行中において認書を認めるか否かは、刑務所長がその裁量により認書の緊急性、必要性及び認書が懲罰執行に与える影響等を総合考慮して判断するのが相当であると解される。

本件において、前記認定のとおり、原告は軽屏禁等三〇日の懲罰執行中に情願認書の許可を願い出たのであるが、原告は、そもそもこの懲罰自体が違法であるから、懲罰中であることを理由にこれを不許可にすることも違法である旨主張する。しかしながら、前記第三、二、2に認定した事実によれば、右懲罰も本件懲罰処分とほぼ同様の科罰手続により科せられたことが認められ、原告自身、右懲罰自体の違法を主張して争っていないことなどを勘案すれば、右懲罰自体は違法と認められないから、原告の右主張はその前提を欠くことになって理由がない。そして、原告が懲罰中にした認書願については、原告情願の性質上特に緊急性を要するものではないといえるから、懲罰執行中に許可すべき緊急性は認められず、これを不許可にした被告所長の判断には十分合理性が認められる。原告は、右処分を懲罰執行中のみの不許可処分ではなく今後一切の情願申立てを受け付けないという不当な処分であるとも主張するが、右事実を裏付ける証拠はなく、かえって、被告所長は懲罰の執行終了後に願い出るように指導していたことが認められるから(〈書証番号略〉)、原告の右主張にも理由がない。

以上によれば、被告所長がした情願認書等不許可処分には何ら裁量権濫用、逸脱の違法はない。

三争点5(本件各処分による損害の有無)について

原告は被告所長による信書の一部抹消不許可処分及び図書の閲読不許可処分により違法に信書の一部を発信や図書の閲読を妨げられて精神的苦痛を被ったことが認められるが、右精神的苦痛を金銭に換算すると、信書の一部抹消不許可処分に関しては、各一〇万円の合計二〇万円、図書の閲読不許可処分に関しては、五万円とするのが相当である。

四以上によれば、原告の請求のうち、本件各処分の取消請求については、不適法であるからこれを却下し、損害賠償請求については、第三事件中の信書の一部抹消不許可処分及び図書の閲読不許可処分に関するものは、二五万円の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官前川豪志 裁判官曳野久男 裁判官佐々木信俊)

別紙請求の趣旨

一 本件各処分の取消請求

1 被告鳥取刑務所長(以下「被告所長」という。)が、原告に対し、昭和六二年五月一九日付けでした軽屏禁・文書図画閲読禁止七日の懲罰及び右期間中作業の不課並びに原告保有の六カ月無事故章のはく奪の処分(以下「本件懲罰処分」という。)を取り消す。

2 被告所長が原告に対してした訴状作成のための次の認書不許可処分(以下「訴状認書不許可処分」という。)を取り消す。

(一) 認書期間六か月出願に対する昭和六二年六月二九日付け不許可処分

(二) 認書期間六か月及び三か月出願に対する同年七月二八日付け各不許可処分

(三) 認書期間六か月出願に対する同年八月一八日付け不許可処分

3 被告所長が原告に対してした次の物品に関する不許可処分(以下「物品の使用等不許可処分」という。)を取り消す。

(一) ホッチキスの使用に対する昭和六二年六月一日付け不許可処分

(二) 糊の特別購入に対する同年六月二日付け不許可処分

(三) 複写用ゴムマット下敷の特別購入に対する同年八月二八日付け不許可処分

4 被告所長が原告に対してした願箋六枚の給与についての昭和六二年六月一日付け不許可処分(以下「願箋給与不許可処分」という。)を取り消す。

5 被告所長が原告に対して昭和六二年六月二九日付けでした私本の所持冊数に関する次の処分(以下「私本の所持冊数に関する不許可処分」という。)を取り消す。

(一) 「広辞苑」「現代用語の基礎知識」及び「模範六法」の冊数外所持出願に対する不許可処分

(二) 私本の同時所持冊数を一〇冊以内とした処分

6 被告所長が原告に対して昭和六二年七月六日付けでした告訴事件の証拠品二点の郵送不許可処分(以下「証拠品郵送不許可処分」という。)を取り消す。

7 被告所長が原告に対してした次の文書の継続閲覧不許可処分(以下「文書の継続閲覧不許可処分」という。)を取り消す。

(一) 判例時報の写し三枚(閲読期間一か月)に対する昭和六二年八月一一日付け不許可処分

(二) 「救援第二二〇号」八月号(閲読期間七日)に対する同月二六日付け不許可処分

8 被告所長が原告に対して昭和六二年七月二七日付けでした区長訓戒処分(以下「訓戒処分」という。)を取り消す。

9 被告所長が原告に対してした次の処分(以下「信書の一部抹消不許可処分」という。)を取り消す。

(一) 昭和六二年七月二九日付け弁護士高橋美成宛信書の一部分である約一六〇文字の特別発信不許可処分

(二) 同年八月三日付け弁護士松本光寿宛信書の一部分である約一五五文字の特別発信不許可処分

10 被告所長が原告に対して昭和六二年九月九日付けでした「獄中者のための法律案内」の閲読不許可処分(以下「図書の閲読不許可処分」という。)を取り消す。

11 被告所長が原告に対して昭和六二年八月一一日付けでした訴状作成のための作業免除不許可処分(以下「作業免除不許可処分」という。)を取り消す。

12 被告所長が原告に対して昭和六二年九月九日付けでした情願の認書及び認書した情願の法務大臣宛送付の不許可処分(以下「情願認書等不許可処分」という。)を取り消す。

二 国家賠償請求

(第一事件)

1 被告国は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六二年八月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(第二事件)

2 被告国は、原告に対し、金二四〇万円及びこれに対する昭和六二年八月三一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(第三事件)

被告国は、原告に対し、金九〇万円及びこれに対する昭和六二年九月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三 訴訟費用は被告らの負担とする。

四 二及び三につき仮執行宣言

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例